【書き起こし】安部 顕さん「少年院の仕事から見えたもの」

プロから直接学べる音声メディアVOOX。10分×全6回のコースのうちの、第1話「初めて少年院に足を踏み込んだ時の衝撃」を書き起こしで紹介。元法務教官として非行少年の更生に携わった安部 顕さんが、少年院の実態を語るとともに、社会の非行問題がなぜなくならないのかを語ります。

(オープニングジングル)
安部:

皆さんはじめまして、元少年法務教官の安部顕です。今回よりお送りする「少年院の仕事から見えたものでは、少年院の実態や少年非行の背景についてお話しします。

少年院での仕事の前に簡単に自己紹介をさせていただきます。私は2021年3月まで、ある男子の長期少年院で教官をしていました。現在は心理カウンセラーとして、子育てに悩む保護者の相談やコーチングを行ないながら、傍らで非行少年やそのご家族のサポートを行うために、一般社団法人若者雇用サポートセンターの代表として活動を始めたばかりです。

少年院の教官の正式名称は法務教官と言います。あまり聞き慣れない仕事ですので、簡単にご説明をさせていただきます。法務教官の主な職場は、少年院や少年鑑別所です。直接非行少年に向き合って指導をするだけではなく、その施設の運営管理、それからもちろん保安的な部分の仕事もたくさんあります。私自身は9年間1つの少年院で、教育の現場で非行少年と向き合うことだけをやってきましたが、全国の法務教官の中には、子供達の食事の管理や衣類の管理、設備のメンテナンスなど、バックヤードのさまざまな仕事を一生懸命行ってくれている人たちもいます。このコンテンツでは、法務教官の代表としてではなく、一個人として、私自身が少年院の現場で見てきたもの、感じてきたものをお話しできればと思います。

インターネットの中には世の中のさまざまな情報がありますが、法務教官の具体的な話、それから少年院の非行少年の具体的な生活ぶりというのはなかなか出てきません。実際、私が一緒に働いていた多くの法務教官たちも、塀の中で仕事を始めるまでは、具体的なことは殆ど分からないまま仕事に就いたと言っていました。当の私自身も、実は少年院で働き始めるその瞬間まで、一度も少年院、また少年鑑別所に踏み込んだことのないまま仕事に就きました。なかなか具体的な話のない仕事ですから、一事例として聞いていただいて、身近ではないけれど決して無縁ではない少年院の中のこと。それから、もしかしたら皆さんのすぐそばにいる非行少年の実態や、その背景を身近に感じていただけたらなという風に思います。


「女子少年」とは?


ちなみに法務教官の世界というのは、もちろん国家公務員ですから、法律に基づいて動いています。法律に基づいてということで、日常的に法務教官が使う言葉の中にも、また法務省が公式に発表する情報の中にも法律用語が含まれています。法律用語は日常的な言葉遣いとは異なることも多く、非常にイメージしづらいものになる場合がほとんどです。例えば「女子少年」という言葉があります。多くの人は「女子少年」……非常に違和感のある表現だと思います。「男子なのか女子なのかはっきりしてほしい」こういうふうに感じた方もいらっしゃると思います。僕自身もそうでした。実はこれは「少年」という言葉の法律上の定義からくる食い違いです。「少年」という言葉は、実は男子と女子の区別なく未成年を指す言葉です。ですから女子の未成年、「女子少年」という表現になるんですね。ですが一般的には「少年」と言えばあどけない男の子、「少女」といえばあどけない女の子をイメージします。ですから「女子少年」という言葉は、法務教官の中では一般的な表現ですが、今回はそういった正確な言葉遣いではなく、あくまでも日常的にイメージしやすい表現を心掛けて、多少法律上の解釈とはズレるかもしれませんが、分かりやすくお話していこうと思います。

全国にいると言っても、そこまで多くはない法務教官という仕事ですから、そもそも私がなぜ法務教官という仕事に就いたのか、ここからお話をさせて頂きます。法務教官は多くの場合、法学部や心理学部の学生が、将来的な進度のひとつとして考えるところです。僕の場合は、もともと中学校の教員志望だったので、法学部でもなく心理学部でもなく教員をめざしていくその過程で、偶然法務教官という仕事を知りました。教員採用試験に向けて勉強している中で、たまたま知り合った人の中に法務教官がいて、その人が「ぜひ受けたらいいんじゃないか?」と勧めてくれたので、本当に法務教官とはなんなのか、それが国家公務員だということすら知らないまま採用試験を受けたのを昨日のように覚えています。そんな状態でしたから、採用試験の科目が果たしてどんなものなのか、実は当日、小論文の試験があるということも知らないまま試験会場に向かっていました。そんなまともに調べもしないままついた仕事を9年間も続けたわけですが、その中から感じたもの、勉強になった事、見てきたもの、これらはぜひみなさんと共有して、少しでもこれからのそれぞれの生活の中でイメージできたり、生かしてもらえたら嬉しいなあと思ってこの話をしています。


少年院で驚いたこと


少年院で働き始めて、驚いたことがいくつかありました。初めて入った場所なので知らないことだらけですし、何の予備知識もないもの飛び込んだので、まあ簡単に言えばすべてが驚いたことではあったんですが、いい部分で1つ挙げるとすれば、少年の中の子どもたちの表情がとても穏やかだったこと。もう1つ、これは悪い方の驚きですが、少年院をまもなく出院するという子が、僕はまともに生きる気なんか無いと言い切ったことです。表情が穏やかだったこと、これには本当に驚きました。法務教官になった初日、集団寮の中を案内してくれたある少年は、この子がどうやったらこんなに凶悪な犯罪をやれるのかと、こちらが驚くほど丁寧な言葉遣いで寮の中を案内してくれて、それぞれの生活ぶりや、ここでの生活の流れを説明してくれました。そんな穏やかな子たちの中で、ごく一部の子が、出院を間近に控えながら、「俺はまともに生きる気はない」。そう言い切ったことも本当に驚きました。1年も少年院にいていろんな教育を受けたはずなのに、それでもまともに生きる気はないと言い切ってしまえる。そんな子もいるんだということ。本当に驚きました。あらゆる意味で全く想像とは違う世界でしたが、9年勤めてみて私自身は本当に素晴らしい仕事をさせていただいたと思っています。今でもこの仕事は自分のひとつの天職だったと思っています。様々な事情があって今は退職をしましたが、少年院の中で働いたこと、そこで感じたものは社会の中で少しずつ知ってもらうことが大切だと思い、自分でもSNSなどで発信をしています。

少年院の教官はなかなか報われることはない仕事かもしれません。普通の学校であれば卒業生が訪ねてくることもある、卒業生と会うこともできる。でも、少年院の教官はそれができません。送り出したら基本的には会うこともなければ、話すこともない。たまにいい報告をくれる手紙や電話が、本当に数少ない喜びで仕事をしていました。僕自身は法務教官の代表でもなく、また法務省の公式見解を話す人間でもありません。ですが今もこの瞬間も、少年院の中で、少年鑑別所の中で働くすべての法務教官へのリスペクトを込めて、これからお話をしていきたいと思います。聞いてくださっている皆さんも改めて少年院の中のこと、非行少年のこと、ゆっくり聞いていただいて何か感じていただけたら幸いです。次回から法務教官の仕事内容や、知られざる少年院の日常、非行のメカニズムなど、経験に基づいて話をさせていただきます。以上、安部顕でした。

(以上書き起こし終了)

「少年院の仕事から見えたもの」 全6話 60min
1. 初めて少年院に足を踏み込んだ時の衝撃
2. 少年院で働くー法務教官の仕事の役割
3. 少年院の日常はどんなものか?
4. 少年院で子供たちは変わるか?
5. そもそも、なぜ子供たちは非行に走るのか?
6. 社会の中に若者の居場所をつくるには?

安部 顕
2012年4月から2021年4月まで茨城県の水府学院(第1種少年院)にて法務教官として非行少年の更生に携わっている。非行少年が自ら話を聴きに来るおもしろい大人代表、公認心理師。

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