【収録裏話】「会話するってなんだ」:田中泰延さんの編集者

編集者という職業は、人に仕事の内容を説明しにくい。本や雑誌をつくっているのだが、実際に文章を書くわけではない。写真もイラストも、デザインもやらない。なのに「本をつくる人」「雑誌をつくる人」を名乗る。文章のプロでもなく、写真やデザインのプロでもない人間が……

編集者という職業は、人に仕事の内容を説明しにくい。本や雑誌をつくっているのだが、実際に文章を書くわけではない。写真もイラストも、デザインもやらない。なのに「本をつくる人」「雑誌をつくる人」を名乗る。文章のプロでもなく、写真やデザインのプロでもない人間がどうしてそんな役割を担えるのだろうか。編集者をしてきた自分でも不思議である。

実際、編集者はどんなスキルや知識を身につけるべきか。これが一筋縄で行かないし、説明もしにくい。「いい本をつくるために」やるべきことがわかれば簡単だが、それがわからず絶えずもがいているのが編集者なのである。

僕のかつての同僚、今野良介さんもそんな一人に見えた。大学時代は文学部で、小説も書いていたという。それでも就職先は文芸系ではくビジネス系の出版社を選んだ。つくりたい本の世界観は言葉にならないほど壮大だ。文学少年だったのか、豊富な言葉を操り、人の機微にも敏い。落ち着いた話し方と謙虚な性格は誰からも愛される。それでも、つくりたい本の世界観が豊かなだけに、毎回、試行錯誤を繰り返していた。

そんな今野さんは2年前に『読みたいことを、書けばいい。』という本を担当した。実に大胆かつ魅かれるタイトルだ。しかも、著者はコピーライターの田中泰延さんと来た! 唯一無二の文筆家である田中さんは多くの編集者から依頼が来ていたに違いない。その田中さんの初の著書。どうやって口説いたのだろう。早速読んでみたが、素晴らしい本だった。乱暴な物言いのようなタイトルの中に、緻密さと繊細さが宿る。斜に構えているようで、読者にど真ん中の剛球を投げ込む本だった。こういう本を担当するのは編集者冥利に尽きるだろうと、ちょっと羨ましくなった。

そんな今野さんが田中泰延さんの2冊目の本を出された。『会って、話すこと。』。今回も書名だけですでに世界観が明確だ。そこには、「会話に、ツッコミはいらない」「相手の話を聞かなくていい」「自分を語らなくていい」と、これまた変化球かと思いきや、それは人と人が交わることの意味をあらためて教えてくれる本だった。つくりがまたいい。砕けた文章から始まる、おちゃらけた本かと思いきや、覗かせる人への愛情。そしてまたこちらをはぐらかせるように、著者は自分を落として書くのだが、最後まで読み進めると、人への愛おしさに涙を誘う。またもや大胆で迷いのない編集だ。

早々に「音声メディアでも」とお願いして、今回VOOXでのリリースとあいまった。
事前の打ち合わせでは、著者の田中さん、それに今野さんとの3人でのzoomだった。憧れの田中さんは初めてお話しするにもかかわらず、旧知の方のような印象だ。ご著書と同様に、相手を和ませる人柄の賜物だろう。一方の今野さんと話すのは実に4年ぶりとなる。

収録に向けての打ち合わせもそこそこに、お二人にはお聞きしたことがいくつもあった。久しぶりに会う今野さんには「以前はもがいているように見えたけど、最近は吹っ切れたように見える」と先輩面して話したら、「今でももがいていますよ」と相変わらず謙虚だ。
前著『読みたいことを、書けばいい。』の出版後から、田中さんはtwitterで今野さんのことを面白おかしくいじっていた。田中さんに「今野さんをあんなにいじって大丈夫だと、すぐにわかりましたか?」と伺ったところ、田中さんは一瞬の間もおかず「はい、彼には覚悟がありましたから」と。ここには、誰も入り込めない著者と編集者の独特の関係が出来上がっていた。

田中泰延さん(左)、今野良介​​さん(右)

田中さんと今野さんで作られた2冊目の『会って、話すこと。』では、著者と編集者との対話が再三登場する。裏方である編集者がここまで本文に登場するのは珍しい。田中さんは「会話の本なので、私から今野さんにお願いしました」と言い、今野さんのことを「共著者です」とまで言う。そして、読まれる本にするためなら、なんでもするという今野さんの覚悟がここにも見える。

よく本の「あとがき」を読むと、編集者への感謝の言葉が綴られていることがある。得体のしれない編集者が突然登場する。一般の人からすると違和感があるかもしれない。僕自身も、未だ、過分な言葉をもらうのが不思議に思うことがある。お世話になったのはこちらなのに、と。編集者の実力は仕事を通して、そして著者に育てられるのだ。

2021/10/25 VOOX編集長 岩佐文夫

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