【書き起こし】福岡伸一さん「ガラパゴスを問い直す」

プロから直接学べる音声メディアVOOX。10分×全6回のコースのうちの、第1話「ガラパゴスに行くまで」を書き起こしで紹介。生物学者の福岡伸一さんが、生命進化と多様性についてガラパゴスでの体験を元に語ります。

(オープニングジングル)

福岡:

みなさんこんにちは。生物学者の福岡伸一です。今回から全6回で、「ガラパゴスを問い直す」というテーマでお話しいたします。私はこの度『生命海流 GALAPAGOS』という本を朝日出版社から刊行いたしました。この本は題名の通り、ガラパゴス諸島に私が行って感じたこと、考えたこと、そして思索を深めたこと、これについて論じたもので、私にとって久しぶりの書き下ろしの本なんです。

この本の冒頭に私は「ナチュラリスト宣言」というものを載せてみました。それをちょっと朗読してみますので、皆さんぜひ聞いてください。

ナチュラリスト宣言
調べる。行ってみる。確かめる。また調べる。
可能性を考える。実験してみる。
失われてしまったものに思いを馳せる。
耳をすませる。目を凝らす。風に吹かれる。
そのひとつひとつが、君に世界の記述のしかたを教える。

私はたまたま虫好きが嵩じて、こうして生物学者になったけれど、
今、君が好きなことがそのまま職業に通じる必要は全くないんだ。

大切なのは、何かひとつ好きなことがあること、
そしてその好きなことがずっと好きであり続けられること。

その旅路は驚くほど豊かで、君を一瞬たりともあきさせることがない。
それは静かに君を励ましつづける。
最後の最後まで励ましつづける。

これがナチュラリスト宣言なんです。そして「今、君が好きなこと」それが私にとって自分の原体験、あるいは原点に当たるものなんですね。

『沈黙の春』という本を書いたレイチェ・カーソンという人がいますけれども、彼女の最後の作品に『センス・オブ・ワンダー』という本があります。センス・オブ・ワンダーというのは驚く心、つまり自然の精妙さや美しさに驚く、そういう感性というものが子供たちには備わっていて、それを出来るだけ大切にして忘れないでいて欲しい、というのがレイチェルカーソンのメッセージなんです。

私にとってもこのセンス・オブ・ワンダー原体験というものがありまして、それがこのナチュラリスト宣言に書いている「今、君が好きなこと」っていうことなんですね。私にとって原体験と呼べるのは虫の美しさ。チョウチョウの美しさみたいなものに感動した少年時代の体験です。皆さんもご存じのようにチョウチョウというのは、卵から生まれて幼虫になり、一生懸命葉っぱを食べてどんどん太っていきます。何回か脱皮をします。そしてある日急に動かなくなって、サナギというのになるんですね。サナギの中では非常に不思議なことが起きていて、幼虫の細胞がいったん全部ドロドロに溶けてしまいます。だから、少年時代の私はちょっと残酷なんですけれども、何度もサナギを開けてどうなってるか調べてみたんですが、そこにはこうドロッとした液体しか入ってないです。ところが2週間ほどすると、この中からチョウチョウが形成されて、イモムシとは似てもにつかない、すごく素敵な完璧な対称性といってもいいようなアゲハチョウが出てくるわけです。それを見ながら自然っていうのは何と精妙にできているんだろう。あるいは生命というのはいったい何なんだろう? そういう風に感じたのが私の原体験、センス・オブ・ワンダーで、それを生物学者になるための出発点としてきたわけですし、生物学者になった後も、生命とは何かということを問い続けてきたわけです。


少年時代からの夢、ガラパゴスへ行きたい!

こういう私にとってですね。自分のこの原体験として、どうしても行ってみたい場所っていうのがありました。その1つがガラパゴス諸島なんです。ガラパゴスというのはどこにあるかというと、赤道直下、日本からいうと非常に遠くにありまして、南米のエクアドルという国が赤道直下にあるんですけれども、そのエクアドルから、さらに海に1000キロ程度離れたところにある絶海の孤島がガラパゴス島なんです。その場所に是非行ってみたいなっていうのが、少年時代からの私の夢だったんですね。

なぜガラパゴス諸島に行ってみたいかと言いますと、これはまあ、生物学を志す人はみんな一度は通らなければいけない本がありまして、それはチャールズ・ダーウィンという人が書いた『進化論』。正式なタイトルは『種の起源(origin of species)』という本があるんですけれども、これが生命の多様性や生命の進化というものを理論化した本で、今からまあ150年ぐらい前に書かれた本なんです。

この進化論という本は、それまではこの世界の多様性や生命の精妙さ、美しさ、そういったものがどうしてできたかということについて、「それは神様が作ったからだ」っていうふうに説明されていたことを、神様が作ってしまったって言ったらそれで終わってしまうわけですけれども、そうではなくて神様というキーワードを使わないで説明してみたいとチャールズ・ダーウィンは考えて、何か他の仕組みで、この生命の多様性、豊かさ、素晴らしさということが成り立っているんじゃないかということを考えた本が『進化論』という本なんですね。この『進化論』という本をダーウィンが書くにあたって、その着想の源になった場所っていうのが、ガラパゴス諸島というところなんです。ですから、生物学を志した者として、そこでダーウィンが一体何をどういうふうに見たのか。それから、ガラパゴス諸島というのはいったいどんなところなんだ、これを自分の目で是非確かめてみたいというのが、私にとって原点というか、チョウチョウの美しさを見た時に、そこから勉強をしだしてダーウィンの名前を知ったんですけれども、生物学の基本的な論理である進化論を、ダーウィンがどのように着想し、何を考えたかっていうのを自分自身も追体験したい。ということで、このガラパゴス諸島に一度は行ってみたいというのは、少年時代からずっと考え続けてきたことなんです。

でも今、申しましたようにガラパゴス諸島はとても遠い。日本から見たら地球の裏側にあるといっても過言ではない、そんな場所なので、なかなかおいそれとは行けないわけですね。ですから、一度行ってみたいと願い続けながらも、なかなか行くチャンスはなかったわけです。

しかも、単に行くだけならば、観光客として行くことはもちろんできるんですけれども、私の夢というか、願いはもう少しちょっと贅沢というか勝手なもので、ダーウィンが見たガラパゴスを、ダーウィンがたどった経路と同じような方法で、ガラパゴス諸島をめぐって、ダーウィンが見た風景を追体験したいと考えたわけです。そうすると、単に観光客として観光ルートだけを回るのではなくて、ダーウィンが立ち寄った場所をトレースしながらもう一度行きたいと考えたんです。そうするとそう簡単にこの夢は実現しない。何度かガラパゴスに行くチャンスというのは巡って来てたんですけれども、それはいずれも実現せず、そのプロセスもこの『生命海流』という本に書いて、なかなか旅に出るまでが長いっていうふうに批判を受けているんですけれども(笑)、旅というのは行きたいと思った時から始まるのが旅でして、実際に行くまでのプロセスが旅の一部なんで、ぜひそこも読んでいただきたいと思うんです。

そういったガラパゴスの旅というのが実現する機会がとうとうやってきた。そのことをこの本で書いたわけなんです。次はですね、このガラパゴスとは何かということをお話ししてみたいと思います。生物学者の福岡伸一でした。

(以上書き起こし終了)

「ガラパゴスを問い直す」  全6話 60min


1. ガラパゴスに行くまで
2. ガラパゴスはガラパゴス化していない
3. ガラパゴスの生態系
4. 手付かずの自然
5. ピュシスとロゴス
6. 生命哲学を問い直す

福岡伸一
京都大学農学部卒。同大学大学院にて博士号取得。2007年に出版した『生物と無生物のあいだ』は65万部のベストセラーに。2021年ガラパゴス紀行をまとめた『生命海流』を出版。

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