漫画家のヤマザキマリさんの本を読んでいたら、面白いことが書かれていた。音楽家の母親に育てられたヤマザキさんは、子供の頃から音楽を聞いて育った。そのせいか、「音楽を聞いていると、頭に絵が浮かぶ」という。漫画を描いていて行き詰まったとき、音楽を聴くことで次の展開が生まれるそうだ。
本を読んでいて、頭の中に絵が浮かぶことはよくある。ヤマザキさんの場合、文字ではなく、音の世界から絵が紡ぎ出されるというのが印象的だった。
今週リリースしたVOOXのコンテンツは、東京大学の森下有さんによる「資源再読」がテーマである。「資源再読」とは、文字通り、資源を「再読」=読み直すことだが、既存の価値観や思い込みを捨てて、「資源」と向き合うことを意味している。この場合、資源とは、従来の食糧、エネルギーといった人間の生活の必要となるものだけを指すのではなく、そこにある自然界の全てのものを「資源」と捉え直す。枯れ葉ならば、それが燃やす材料は肥料としての可能性を見るのではなく、その場所に落ちている枯れ葉の、昆虫にとっての意味、微生物にとっての意味など多角的に、その場にそれがあることの意味を問い直そうという考え方なのである。
この概念の拡張性には非常に心躍らせる一方で、森下さんのお話は、正直難解だった。
森下さんは、この「資源再読」の研究プロジェクトを北海道の十勝地方にある「芽武」(めぶ)という町で行っている。芽武は北海道の十勝地方に位置する大樹町の沿岸部にある場所だ。十勝と言えば、冬は雪こそ少ないが厳しい寒さは北海道の中でも知られている。大樹町の人口が約5000人なので、原野のようなところだろうと想像する。
森下さん、VOOXのコンテンツでこの芽武でのお話をしてくれているが、断片的だ。あえて詳しい場所の説明を避けたようだ。それによって、限定的で偏ったイメージができるのを望まなかったのかもしれない。
それでも冬のマイナス30度の世界や、川の流れや木々の間を通る風の音、あるいは動物や昆虫たちの営みを、所々で語られる。それは、その主役の具象を語るというよりも、その土地に流れる背景を語っているかのようだ。どのくらいの広さで、どんな川が流れていて、海までどのくらいの近さで、山の高さはどのくらいかなど、一切お話しされない。話し方も、抑揚を抑え落ちついておられる。そんな淡々とした語り口の世界は、リアルな芽武の現場を聞いているというより、芽武に流れる空気の質感を聞いているかのようだ。
このお話を聞いていると、自然と頭の中に芽武の風景が浮かび上がってくる。それは、実際の芽武とは全くの別物かもしれないが、勝手に自分で描いた頭の中の絵はとてもクリアだ。森下さんの話には、音や空気に関するものが多い。それは目に見えないもの、形のないものだけど、その場にいると確実に「ある」と思える代表のようなものたちだ。そこにある空気の流れ。それは見えないし記述できないけど、その場にいることでその存在を感じられ、その存在抜きにその場を語れないものだろう。
収録後の余談で、この芽武の自然音を録音されているという。聞かせてもらったその音源は、何かを狙って録音したものでもなく、録音環境を整えたものでもなさそうで、その場でそのまま録音ボタンを押して作れたもののようだ。樹木の葉がそよぐ音、虫が動いたであろう音、そして鳥の鳴き声。それを聴くと、先ほどまでの語り口の意味がやっとわかったような気がした。
今回、森下さんの語りにBGMとして、この芽武の自然音を入れさせてもらった。手前味噌だが、この自然音の入った森下さんの話を聴くと、話は難解だが、頭の中に芽武が生き生きと生まれるのだ。しかもそれは絵のように固定されたものではなく、動的な「様子」が浮かび上がってくる。
これは自然音の効果が大きい。加えて、森下さんの「声」が果たす役割が大きいのではないだろうか。淡々としてその語り方、そして素直でピュアな声と飾らない語彙。これらが一体となって、聞き手の頭に芽武の世界をつくらせているように思えてならない。
先日リリースした、ソーシャルビジネスコンサルタントの辻井隆行さんのコンテンツもそうだった。「人新世の時代」と題し、これからの地球や環境問題を語る辻井さんの声は、実に優しく落ち着いていて、大袈裟なようだが地球への愛が伝わってくる声なのだ。だからこそ、辻井さんが語る環境との向き合い方が伝わる。「会って、話すこと」を語ってくれた田中泰延さんのコンテンツは、田中さんの声を聞くだけで「この人と飲む時間はきっと楽しいだろう」と思えてくる。声は言葉に質感を与えてくれるのだ。
文字には、概念の力を介して、読み手の頭に絵を届けることができる。それと同様にあるいは質的に異なるのか、音や声によっても伝えたい世界を聞き手の頭に絵を作らせることができるのだ。それは概念のみならず、その温度も運ぶように。音の力、声の力を再確認した音源であった。
2021/11/15 VOOX編集長 岩佐文夫