【書き起こし】 宇野常寛さん『遅いインターネット』を語る

プロから直接学べる音声メディアVOOX。10分×全6回のコースのうちの、1エピソードを完全書き起こしで紹介。2020年に出版され、今日のSNSを中心としたインターネットがその速さを追求するあまりに人を思考停止に陥らせる弊害があることを取り上げ、大きな反響を呼んだ『遅いインターネット』。著者の宇野常寛が、執筆したきっかけ、同書で主張している『遅いインターネット』とはどういうことか、そして出版から1年経った現在考えていることについて語る

(オープニングジングル)

宇野:

皆さんはじめまして。評論家で『PLANETS』編集長の宇野常寛です。今回からお届けする『遅いインターネット』を語るでは、2020年に幻冬舎から発売したぼくの著書『遅いインターネット』について、収録が行われている2021年2月時点の視点で語っていこうと思います。今回は初回なので、まず僕の自己紹介の方から始めたいと思います。

僕は評論家とか批評家とか、肩書きとかすごくどうでもいいと思っているので、VOOXを聴く人の世界観と結構離れているかもしれませんが“物書き”ですね。めんどくさいから評論家とか批評家とか適当に名乗っています。ええ、もともとはサブカルチャーの批評、特にオタク系のコンテンツの批評をやっていた人間です。漫画だったり、アニメだったり、アイドルだったりとか、未だに自分のアイデンティティはそこにあると思うんですけど、ちょうど僕がものを書きはじめた2000年代後半というのは、何かこう、特に若者向けのオタク系のサブカルチャーを語るということは、イコールメディアについて語る。当時台頭していたインターネットを用いた新しい表現について語るということと、 限りなくイコールでした。そのために僕の仕事の領域というのは、まずメディア論に広がっていて、それがだんだん政治問題だったりとか、社会問題だったりとか、あるいは当時の20代、30代の若者を代弁するような世代感覚を語るとか、そういった仕事の方に僕の仕事量が拡大していて、そして気がついたら、多分僕の個人的には人生でいろんな過ちのする1つだと思ってるんですけど、討論番組に出たりとか、ワイドショーのコメンテーターをやったりとか、うっかり政治家と本出したりとか、まあそういうことをやって仕事を拡大してきた人間です。


『PLANETS』について

でただ、あのものを書くという仕事は、僕の仕事のおそらく半分ですね。もう半分は、僕はあのインディーズで『PLANETS』というメディアをもう15年以上運営していて、自分で自分のメディアと言うものを作ることによって世に出てきた人間です。そう感じたのは2005年で、当時僕は京都で会社員やっていました。で、そこから当時ブログブームだったんですけど、僕が面白いと思う書き手というのを、北は北海道から南は九州まで集めて、自分でチームを作って、そしてウェブマガジンを作って、であと同人誌を作って、でそれが何かインターネットで話題になって売れることによって、東京の出版社で仕事をするようになり現在の活動につながっています。

今『PLANETS』は、まあ小さい出版社になっていて、15年前から始めた雑誌も細々と刊行していますし、あとはwebコンテンツを大量に生産していて、もう10年近く続けたり、メールマガジンがあったりとか、インターネット生放送があったりとか、そういった形でインターネットでのインディペンデントな情報発信というものを主な業務にしています。

このVOOXの読者の皆さんでもし知ってるものがあるとすると、あの落合陽一君の『魔法の世紀』ってデビュー作、あれ僕が作ったんです。当時大学院生だった彼に偶然知り合って、すごく面白いなと思って「ちょっと君うちのメールマガジンで連載してみないか?」と。そこから始まって、彼に最初の本を書いてもらったのは僕であり、僕のやってる『PLANETS』っていう会社ですね。まあ僕以外の人間の本も、実はたくさん出している会社をやっています。まあでも従業員10人にも満たない小さい零細出版社ですけれど、すごく僕は何かこう、自分の考えをまとめて世に発表するということだけではなくて、自分には絶対できないような強い才能を持った人を見つけてきて、彼ないし彼女の考え方を世に広めるということに、ものすごくおもしろみを感じる人間なので、編集の仕事も、すごく自分の人生の中で、大きい位置を占めています。そういった二足の草鞋、といっても根底には繋がっているんですが、を履いて10年、15年くらい活動している物書きです。


『遅いインターネット』を書いた理由

今回お話する『遅いインターネット』という本は、おそらく僕の本の中で初めての社会評論の本なんですよ。他の本っていうのはほとんどサブカルチャー批評の本で、もちろん政治家の先生と対談したりとか、何か延長のような形で社会問題だったりとか、あるいはテクノロジーの問題だったりとか、ビジネスの問題だったりとか、そういったことに発言した著作っていうのがたくさんあるんですが、自分が書いた本で、文化批評ではなくて、社会について語った本というのは初めてなんですね。なので、この本っていうのは僕にとってすごく特別なんです。それは僕自身が今お話ししたようにインターネットに育てられた書き手です。インターネットがなければ京都の一会社員だった自分が、こうして世の中に対してある程度の規模で情報を発信するということができなかったと思っています。本を書くこともなかったでしょう。しかしそのインターネットの理想と言うものが、少なくとも2020年代初頭では、大きく裏切られようとしている。このあの絶望感というものに対して、なんかそれでもインターネットそのものは否定せずに、もう1回、人間が情報技術とポジティブに関係を進んでいくことができるのか、ということを考えたんです。

もしかしたら、このVOOXを聞いてる皆さんは、インターネットに絶望もしていなければ、情報技術に対して基本的には楽観的に捉える人の方が多いのではないかな、というふうに思っています。ただ僕は必ずしもそうではありません。僕がインターネットで自分の著述活動を始めたときは、インターネットというのは1番自由な場所でした。その意欲さえあれば、何を書いても良いし、どんな表現も許されていたし、それはもちろん良くも悪くもですけどね。はい。でインターネットで物を書いて発表するということに無限の可能性を感じていました。しかし今どうでしょうか? 残念ながら、SNSを中心として、今のインターネットは一番息苦しい場所になってはいないでしょうか? 何か皆さんがタイムラインで一つの情報を見た時に、それをしっかりと考えているでしょうか? この投稿に「いいね」押したら、自分がちょっと意識高く見えるんじゃないかと。この投稿をリツイートしたら、自分が政治的に正しい側に立って安心できるんではないかと。そういう動機からタイムラインから流れてきた情報を、ほとんど吟味することなく脊髄反射に近い形で反応してないでしょうか? むしろそういったコミュニケーションに最適化するように、現在の多くのインターネットプラットフォームを設計されているように僕には感じます。

こういった世の中で自分が信じてきたような、何かインターネットだからこそ、例えば僕はいわゆる有名大学の保護のもとに活動してはいけないし、あの有名な先輩物書きの後押しがあって出てきているわけではないし、大企業の支援があるわけでもありません。こういった一介の物書きが自分の考えを発信しながら、実際に継続的に活動を展開していくということは、インターネットのシステムがあればこそだったはずなんですが、その回路というものが死んでしまっていると。今ほとんどのインターネットユーザーというのは、情報に対してまるでサプリメントのように接していると。この情報というものを自分がどうシェアするか、どう反応するかによって、どう承認欲求を満たすかということだけを考えて反応しています。そこには何か文化的な生産力もなければ、何か思考の深まりもないですね。そういったものに対して、ではTwitterが悪いんだと、愚民大衆が悪いのだと、政治が悪いんだと。もちろん全部悪いのかもしれないと、そういうふうに唾をはくだけで終わるということは誰でも簡単です。

そうではないんだと。やはり自分も小さいけれどもメディアの担い手の一人です。なので自分だったらこうするという、何かある種のマニフェストというものを展開する。そのことをもって実践と批評が結び付いた本を書きたい。そういう思いから僕はこの本を書きました。なので、これから全6回、今回入れて6回に渡って、この『遅いインターネット』という本を、音声を通じて、声を通じて伝えるという試みを今回チャレンジしてみることにしました。よろしくお付き合いください。ありがとうございました。

(書き起こし終わり)

「『遅いインターネット』を語る」全6話 60min

1. なぜ『遅いインターネット』を書いたのか

2. 民主主義を半分諦めることで、守る

3. 拡張現実の時代

4. 吉本隆明と「21世紀の共同幻想論」

5. 遅いインターネットとは

6. 『遅いインターネット』その後​​


宇野常寛

評論家。批評誌〈PLANETS〉編集長。著書に『ゼロ年代の想像力』、『リトル・ピープルの時代』、『日本文化の論点』、『若い読者のためのサブカルチャー論講義録』。石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』、『静かなる革命へのブループリント この国の未来をつくる7つの対話』、『遅いインターネット』など多數。立教大学社会学部兼任講師も務める。

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