【収録裏話】関屋裕希さん:「仕返し」と「見返し」

心理学博士である関屋裕希さんの大学院での研究テーマは「怒り」だったそうだ。その時考えたのが、「仕返し」と「見返し」の違いということ。一文字違いで、一見同じように思えるこの2つの言葉は意味がまるで違う。この違いに気づいたことから、研究は大きく前進したという……

雑談の中から思わぬ話に広がることがある。

心理学博士である関屋裕希さんの大学院での研究テーマは「怒り」だったそうだ。その時考えたのが、「仕返し」と「見返し」の違いということ。一文字違いで、一見同じように思えるこの2つの言葉は意味がまるで違う。この違いに気づいたことから、研究は大きく前進したという。

関屋さんには、この日「不機嫌の正体」というテーマで、VOOXで収録をしていただいていた。その収録の合間にこんな話をされ、あまりに面白かったので、台本にはなかったのだが、急遽この話を音源に追加していただいた(詳しくはVOOXで聞いてもらえれば幸いです)。

この話しはその後も自分なりに考えてみた。「仕返し」とは、自分にダメージを与えた相手に等分のダメージを与える行為である。一方で「見返し」は、受けたダメージを他者に返さない。むしろ受けた自分のダメージを自分で癒すために等分のものを得ることで、ダメージを受けた相手に「あっぱれ」と唸られるのを狙う行為である。「見返してやろう」というエネルギーは、負のパワーから生まれたものかもしれないが、それが発揮された結果は実にポジティブではないか。

相手にダメージを与えることを目的とした「仕返し」は、相手へのダメージ以上のものは得られにくい。一方の「見返し」になると、まずは結果が多様になる。スポーツが上達せず監督から「ダメなやつ」という烙印を押されたことをバネに勉強で、その監督さんを脱帽させる成果を出すこともできる。スポーツ以外の手段が使えるのだ。そして、得られた勉強の成果は、監督さんへの復讐を超えて、その後のその人の大きな武器になる。

このように考えると、「見返し」のパワーは侮れず、一方の「仕返し」の役割はほとんどないように思える。それでも、人は仕返ししなければ、前に進めないほどの痛手を被ることもある。大切なものを失った経験、大切な人を失った経験。そんな時、誰もが「仕返し」ではなく「見返し」に目が行くほど、受けた感情をコントロールできないこともあるだろう。

人がエネルギーを発揮する、その源泉に良し悪しはあるのだろうか。「怒り」から生まれた「見返してやろう」というエネルギーは果たしてどこまで健全なのか。得られる結果が素晴らしければ、その動機の良し悪しを考えるのは無意味かもしれない。こんな時、そもそも喜怒哀楽の「喜」と「楽」が人にとってプラスであり、「怒」と「哀」はマイナスであるという前提を置いていたことに気がつく。この前提が正しければ、「怒」と「哀」が少なく、「喜」と「楽」が多い人生が素晴らしいとなるが、そんなに単純ではない。「喜」や「楽」を得るプロセスには、辛いことは山ほどある。それらを含めて「喜」であり、最初から最後まで、「喜」と「楽」だけの小説はストーリーとして成立しないのではないだろうか。

それでも「怒り」を根源としたエネルギーを手放しに認めたくもない。そもそも、「見返したい」と人が思うような状況は、世の中からない方がいいと思う。エネルギーが生まれるから人を悔しがらせるのは悪くないというのは、修羅場が人を育てるという論理でスパルタ教育が正当化されることと一緒である。

そこにあるのは、エネルギーの生まれる要因が、自分の中からなのか、外なのかということではないか。社会や人への「怒り」がエネルギーに火をつけることはあるが、そのエネルギーが外を向いたままだったら、「仕返し」が終われば目的は達成できる。「見返す」ことができても、その先に進むには新たな動機が必要になる。外的な要因で生まれたエネルギーも、それが自分の内部の動機へと変わる時、人はエネルギーを発揮し続けることができるに違いない。

サッカー日本代表の監督を勤められていた岡田武史さんがご著書で面白いことを書かれていた。過去に日本代表がワールドカップで好成績を残した大会はいずれもチームがとりわけ強かったわけでないと。大会前にさんざん叩かれて、最後に選手たちは「このやろう!」と開き直ったことがよい成績につながったという。岡田さんはこれを「ブラックパワー」と呼び、潜在的な力を発揮させる強力なエネルギーがあるという。ただし、そのエネルギーは長続きしないと語っておられる。

「仕返し」という言葉には、動機の源泉が外に向いたままの状態を感じるが、「見返し」には、いつしか動機の中身が自分ごとに変わっている状態を感じる。

関屋さんの何気ない「仕返し」と「見返し」という話に非常に納得しただけでなく、自分で考える刺激をもらった。これも人の話を聞く醍醐味かもしれない。

2021/10/11 VOOX編集長 岩佐文夫

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